自治都市の誇り 息づく…今井町(奈良県橿原〈かしはら〉市)
この建物は、人々の間に自由な精神があふれている時代に建てられたにちがいないと、私は感じていた。――伊藤ていじ「民家に学ぶ」(1982年)
「伊藤先生に『発見』してもらって、おばあちゃんには救世主に見えたかもしれませんね」
今西家18代目当主、今西 啓仁さん(64)は祖母キヨ子さんの気持ちを推し量る。夫は仕事で北海道に長く滞在し、傾いた家に息子と住んでいた。「先生は今西家を民家の国宝第1号にしたいとおっしゃっていました」
東大による学術調査で、今井は中世の街割りに江戸期以降の民家が残る町として注目された。室町時代に本願寺の門徒が 環濠と土居で守る寺内町を形成。織田信長に降伏後は自治都市として栄え、「海の堺、陸の今井」と称された。今西家は 惣そう年どし寄より の一つとして裁判権も与えられ、広い土間はお白洲として使われた。民家の価値と保存の意義を説いた建築史家と、町との縁は終生続いた。父・ 啓師さんの口癖は「今井町の志」だったという。自治都市の誇りは、町と人々の中に生きていた。